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まるこそだて vol.3/12回

<あらすじ>
1歳半検診で、長男の発達の遅れを指摘され、とっても衝撃を受けた私。
なんで、うちの子?
そんな感情で頭がいっぱいになりながらも、家族や周りの人たちの支えで、前を向こうと思えた。
そして、検診で勧めてもらった発達検査へ行くことになる。

まるこそだて vol.2/12回

衝撃の1歳半検診の後、臨床心理士の方の勧めで、長男は初めて発達検査を受けることになった。
発達検査とは、運動面、認知面、言語・社会性などを測定する検査。
2歳間近の長男は、地域の児童福祉センターで1歳半検診で行われた検査をもっと細かくしたテストのようなものを受けた。
6畳ほどの広さがある部屋に通され、支援員の方とパズルや、積み木、言われた動物を指差すようなテストだったが、それを客観視して眺めていても、長男は支援員の方の言うことや示すことにあまり反応していなかった。
私自身が笑顔で、どんな結果でもしっかり見守ろうと心に言い聞かせていたが、発達検査が終わると、一般的な発育より総合的にみて半年ほど遅れていることを告げられ、なんとなく分かってはいたもののやっぱりどこかショックは隠せなかった。

ちなみに当時の長男は、まだほとんど言葉は話さなかった。
でも、赤ちゃんが話すような喃語のような声で親には色々教えてくれていて、それで意思疎通ははかれていたので、生活面でさほど困ることはなかった。
私にとってはごくごく〝普通〟の、甘えん坊の笑顔の可愛い息子だった。
そんな私は、一通り発達検査が終わると、支援員の方にこんな質問をしていた。
「発達に遅れがあっても、後から成長が追いついていくことはありますか?」
当時の私は、長男が同年齢の《みんな》に追いついてほしい思いがあった。

支援員の方は、
「もちろん急に伸びる子もいるから、まだわかりませんよ。」
と言ってくださって、その優しさがとても力になった気がする。
(まだわからん。今の成長段階は、長男の個性かもしれへん。)
そう思いたかった。
きっと今なら、同じ質問はしないだろうと思う。
なぜなら、今は周りに追いつくことより、長男が笑顔で過ごせる日々があることがベストだという考え方に変わったからだ。

そして、その支援員の方から、発達の凸凹があったりゆっくり発達している子どもが月に何度か通うことができる療育施設があることを教えていただいた。
申し込みをするか尋ねられたので、二つ返事で「お願いします。」とお伝えをした。
そのお話の2ヶ月後の4月からから、タイミング良く療育施設に週に1回通えることになった。
療育というワードも私にとっては初めて聞く言葉だったけれど、色々調べていくうちに、小さいうちに受ける早期療育がいいという情報を得ていたので、2歳ちょうどくらいから療育施設に通うことができたことは、本当にラッキーだったと思う。

長男が通う療育施設は母子分離の施設で、2時間ほどの療育中は、親は別の部屋で療育が終わるのを待つ仕組みだった。
そして、そこで同年齢の子どもの発達に、心配事を持つ保護者と初めて話しをする機会があり、なぜだかすごくホッとしたのを覚えている。
そして、その繋がりが、今も私の支えになっている。
どの子にもいろんな発達の経過があって、うちのように検診で指摘をされたり、子どもの発達に不安があり自ら公的機関に相談に行かれた方など、療育施設に来られた経緯はみんな違った。
だけど、子どもの発達の凸凹や他の子どもと何か違うかもという不安を持ちながらも、我が子と向き合う保護者ということは共通だった。
その場所で、たわいない子育ての悩みや不安や、もちろん嬉しい事も、共感しあえる人がいる事で前を向けると思えた。

ちなみに、療育施設に通いだし、2歳を過ぎて間もない頃、長男は初めて私を
「おかあしゃん」
と呼んでくれた。
少しずつ、言葉は習得していたものの、我が子に「ママ」「おかあさん」と呼んでもらうことに憧れていたので、その時の喜びは忘れない。
一つ一つの成長を、どんと大きくしてプレゼントしてくれる長男は、私を喜ばす天才だと思う。
当時、私は次男を妊娠していて、あと二ヶ月で出産を迎えるくらいの時期だった。
子育てに悩んだ時、タイミングよく次男は「僕がいるし、大丈夫やで〜」と言わんばかりに、お腹を強く蹴ってくれていた。

続く

Profile
まるこ
ライター

京都市内で5歳、3歳の男子の子育て中。
福祉の仕事に従事し、福祉のことを発信するためラジオやイベントを通してライフデザインクリエイターとして活動。
また、京都の街でママもこどもが幸せに楽しく子育てできる場を作るMaManKYOTO運営メンバーでもある。

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