【連載3】発達障害について〜東洋医学的なみかた〜
1.はじめに
京都・出町柳のERP下鴨南治療院で鍼灸師をしております菅原と申します。
今回は“発達障害”をテーマに、東洋医学的な観点からお話をしていきたいと思います。
発達障害は、
「生まれつきみられる脳の働きかたの違いにより、行動面や情緒面に特徴がある状態」
と定義されています。
参考:厚生労働省 “知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス”
では、東洋医学で考えるとどのように捉えられるでしょうか。
連載2「“うつ”について」のコラムでも書かせていただいたように、
今回もまずは、東洋医学的な生理物質・働きの点から考えていきたいと思います。
2.発達障害を東洋医学的に考える
人の心身がスムーズに働くためには、
血液、細胞の内や外にある液体、神経や細胞に情報を伝える物質…など、さまざまな生理物質が必要です。
東洋医学の考え方でも、「気・血・精・津液」と呼ばれる生理物質があります。
この生理物質を、ごく簡単に説明してみます。
気(き)とは … エネルギーや活力のようなもの
血(けつ)とは … 血管の中を流れる栄養豊富な液体(一般的な「血液」と似たような概念です)
精(せい)とは … エネルギー源、活力源、ガソリンやスタミナのようなもの
津液(しんえき)とは … 全身にうるおいをあたえる水分、いわゆる体内の水分のこと
これらの生理物質がちょうどよい量だけあり、
問題なく使われていれば、心身もスムーズに動きます。
しかしながら、
これらが足りなくなったり、増えすぎたり、滞ったり、熱をもったり、冷えたりすることによって、
心身に様々な不調をきたします。
このなかで、とくに「精」(エネルギー源)についてフォーカスしてみます。
「精」(エネルギー源)から考える発達障害
この「精」には、
生まれてくるときにお父さんとお母さんからもらうものと、
生まれてきてから飲食物を消化吸収して自分の体のなかでつくりだすもの
があります。
「精」は
生命活動や精神活動をするのにとても重要な物質ですので、
これが不足すると、成長が遅れたり、精神や身体の活動に影響が出たりしてきます。
また、
「精」は東洋医学でいう「脳髄」という部分を養いますので、
「精」が不足すると思考力や記憶力などにも影響を与えます。
「精」には、先述のように生まれつきもっている分と、後から補われる分があります。
発達障害は、この「精」の不足、とくに生まれつきもっている分が少ない、というふうにも考えられます。
また、生理物質に加えて、
東洋医学の「臓(ぞう)」という、体内のさまざまな働きをする部分のトラブルも考えられます。
「肝」という臓はチックや多動、イライラといった症状に関わっていることが多いですし、
「心」という臓は言葉や精神状態のトラブルに関連しやすいです。
「脾」という臓が病めば悩みやすく塞ぎこみやすくなりますし、
「肺」という臓のトラブルは感覚過敏などの症状につながることもあります。
「腎」という臓は物忘れや我慢できないなどの症状とも関わりが深いと考えられます。
(ここに上げたのは一例で、実際にはその人それぞれの状態によって分析します。)
生理物質と「臓」、お互いの関係性も重要です。
生理物質は「臓」によって作られ、体の中で活用されますので、
「臓」の調子が悪いと生理物質が十分に作れなかったり上手く使えなかったりして、心身の状態に影響を与えます。
また、生理物質の不足は、
「臓」が働くための栄養やガソリン、エネルギーが足りなくなることになりますので、
こちらも心身のトラブルにつながります。
3.鍼灸のアプローチ
では、発達障害の方に対して、鍼灸でなにができるでしょうか。
鍼やお灸は、生理物質や「臓」の働きを助けることができます。
また、鍼灸を施すことにより、脳への血流が良くなり、脳の働きを助けるということも研究されています。
発達障害に特化した施術をされている鍼灸の先生もいらっしゃいますし、
漢方で対応されている専門の先生もいらっしゃるようです。
発達障害は生まれつきの特性であるため、
症状を根本的になくすということは難しいです。
しかし、症状や状態によって、
また、発達障害に伴う二次障害のつらい症状を軽くするお手伝いができる場合があります。
小児鍼(しょうにはり・しょうにしん)
鍼灸には「小児鍼(しょうにはり・しょうにしん)」という施術があります。
子どもさん向けの鍼灸施術ですが、
「刺さない鍼」を使って、皮膚をさするようにして刺激します。
(小児鍼は、鍼灸師によって様々な道具や手法で行われています。
成長や状態にあわせて、大人と同じような鍼を使うこともあります。)
小児鍼は下記のような症状改善のほか、
子どもさんの健康増進や発育促進のためにも、昔からおこなわれてきました。
〈小児鍼の適応症状〉
疳(かん)の虫、キーキー、イライラ、落ち着きがない、
眠れない、おねしょ、便秘、下痢しやすい、
胃腸が弱い、風邪をひきやすい、喘息、アトピー、
その他子どもさんの不調
お母さんの体の中で受精卵がヒトの形になっていくプロセスで、
脳と皮膚は同じ「外胚葉(がいはいよう)」というところからできていきます。
皮膚と脳の関わりは深く、
皮膚を刺激することにより、脳波が安定する、免疫力が上がるという研究もされています。
小児鍼をすることによって、
発達障害のお子さんの発育を助けたり情緒が安定したりする、といったことも考えられます。
ご家族の健康も大事
発達障害の当事者さんはもちろんのこと、
当事者さんを支えるご家族も、ストレスなどから心身に不調をきたすこともあるかと思います。
発達障害の方がよりよく生活していく中で、
ご家族をはじめとする周囲の方々の支援はとても大切です。
ご家族が心身ともに健やかでいることも大事ですので、
鍼灸などの施術がご家族のケアとしてお役に立てることもあります。
〈鍼灸ができること〉
・子どもさんの発育補助
・カラダの不調の緩和
・ココロの不調のケア
・ストレスケア
・二次障害のケア
・ご家族のケア …など
4.「陰と陽」から物事をとらえ直す
東洋医学でとても大切にしている考え方に「陰陽」という概念があります。
自然や自然の一部である人間など、あらゆるものごとを考えるうえで基本となる考え方です。
下のような図を、どこかでご覧になったことがあるかもしれません。
これは、「陰陽」の概念を表したものです。
「陰」と「陽」は、あらゆるものを反対どうしの二つに分ける考え方です。
例えば
「裏」と「表」 「下」と「上」
「右」と「左」 「夜」と「昼」
「冬」と「夏」 「暗い」と「明るい」
「冷たい」と「温かい」 「嫌い」と「好き」
「美味しくない」と「美味しい」 「不健康」と「健康」 など
二つの言葉は反対のことを表しています。
しかしながら、それでいて二つで一つなのです。
どういうことでしょう?
たとえば、なにも刻印されていない1枚のコインがあります。
このコインの
どちらか一面を「表」とすると、反対側が「裏」になります。
「表」という言葉があるので、反対側の「裏」という言葉が成り立ちます。
また、逆の言い方をすれば、「表」がなければ「裏」は存在できません。
このように、対立する二つのもの(「表」と「裏」)は、
実はお互いの存在があってこそ成り立っているといえます。
抽象的な表現でわかりにくくなってしまいましたね。
別の例で考えてみましょう。
風邪をひいて熱が出たとします。
熱が出て苦しい、体がだるくて動かない、学校や仕事に行けない…など、
風邪をひくと、体がいつもどおり動かなくなったり、普段当たり前にできていたことができなくなったりしますね。
病気になって「不健康」という状態を経験するから、
普段は「健康」であったということが実感できます。
このように、反対のことがあるから、もう一方を意識する、ということは様々なことがらに当てはまります。
世の中に、「完全・完璧」な人はいるでしょうか。
「陰陽」の考え方からすると、「完全・完璧」な人は存在できません。
なぜなら、ものごとには、必ず「陰」と「陽」という二つの面があり、
その両面があるからこそ全体が成り立っているからです。
「陰陽」の図は、黒い部分の「陰」と白い部分の「陽」で一つの円を作っています。
どちらか一つでは円は成り立たず、二つで一つであることを表しています。
もうひとつ、例をあげて考えてみます。
丸いボールを思い浮かべてみてください。
つぎに、そのボールに光が当たる様子を想像してみてください。
そうすると、必ず光が当たって明るい部分があって、反対側には影ができているはずです。
そして、光が強く、明るい部分が輝けば輝くほど、影は濃くなります。
このことは、自然界や人生のさまざまなことについても当てはまるのではないでしょうか。
「健康でない」状態があるから「健康」のありがたみがわかる。
「雨の日」があるからこそ「晴れの日」の清々しさが際立つ。
「つらい思い」をしたからこそ、「人の優しさ」が身に染みる。
「できない」ことが「できる」ようになるから嬉しい。
「できない」から努力や工夫をするし、枠組みの改善点などにも気がつく。
一見「マイナス」と捉えてしまうことがあるからこそ、「プラス」の部分が強調されます。
また一方で、
自分からみれば「マイナス」と捉えてしまうことが、
見方によっては「プラス」に見えることもあります。
クーラーの設定温度が27°だったとします。
暑がりの人にとっては27°は「暑い」と感じるかもしれません。
寒がりの人にとっては「ちょうど良い」と感じるかもしれません。
「おっとりしている」人は、良い人でしょうか、悪い人でしょうか。
せっかちな人にとっては、ちょっとペースが合わないかもしれません。
しかし、ゆったりした生き方が好きな人にとっては、一緒にいて居心地が良いと感じるかもしれません。
「人に助けてもらう」ということは、良いことでしょうか、悪いことでしょうか。
助けてもらった側の人は「申し訳ない」と思うかもしれません。
しかし、助けた側の人にとっては「人の役に立てた」という喜びになるかもしれません。
このように、見方によって、立ち位置によって、同じものごとも見え方が変わります。
人によって、感じ方も変わります。
誰しも「完全」ではありません。
でも、「完全」ではないからこそ、「短所」があるからこそ、「長所」が際立ちます。
そして、その人が「短所」と思っているところは、もしかしたら他の見方をすれば「長所」かもしれません。
私たちはみんな、自然界と同様、「陰」と「陽」、両方の面をもっています。
そして「陰」と「陽」は、二つで一つです。
誰しも「陰」と「陽」を合わせた“存在まるごと”として
自分や人、ものごとを受け止める。
(そもそも、「陰」と「陽」はただの一面であって、「良い」「悪い」ではないのです。)
そして、お互いに完全ではないことを認め合い、
苦手なことは補い合い、
マイナスととらえがちなことも違った視点からみてみる
ということができれば、
不完全な「他人」や「自分」に、もっと優しくなれるかもしれませんね。
5.おわりに
発達障害をお持ちの方は、
その方にしかない様々な苦しみを抱えていらっしゃることも多いと思います。
でも、つらい思いをされるからこそ、
人の痛みを理解できたり、心が強くなったり、
周囲の人にたくさんの気づきを与えることができるのではないでしょうか。
私たちは常に、人と比べて、
何かが「劣っている」とか「欠けている」と思ってしまいます。
でも、それはただの「違い」でしかありません。
「個性」とも言えますね。
優劣ではないのです。
「あなた」は「あなた」。
誰もがこの世でただ一人の、
豊かな個性をもった「特別な存在」です。
その方にしかない 個性(魅力)がもっともっと輝いて、「じぶんらしく」生きられる。
そんな世界が広がっていくことを応援したいと思っています。
<参考>
凸凹じぶんなび とことこ,“発達凸凹情報”
凸凹じぶんなび とことこ,“二次障害情報”
厚生労働省,“知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス”
傳田光洋『皮膚は考える』,岩波科学ライブラリー,2005
岩野 響『15歳のコーヒー屋さん 発達障害のぼくができることから ぼくにしかできないことへ』,KADOKAWA,2017